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2015年7月 5日 (日)

好き嫌い


好き嫌いを無くそうと頑張る人がいる。 
誰にでも寛容で、愛が深い人間になろうと苦労している。 
 
 

ちょっと待って欲しいと言いたい。 
どうして好き嫌いをハッキリさせてはいけないのだろう?
 
 

なぜ好き嫌いがあるのかを考えてみると、 
その根底には自分なりの価値観が働いていると思う。 
 
 

自分の価値観に合った人を好きになり、 
そうでない人を嫌いになる。 
好き嫌いはフィルターの役目を果たしている。 
 
 

好き嫌いを通して、同じ価値観を共有した人が集まる。 



これはビジネスをする人にとって大事なことだ。 
自分の生まれ持った個性(ギフト)に一貫したマーケットが出来上がるからだ。 
 
 

自分の商品・サービスもギフトから造られているはずだ。 
この商品・サービスとマーケットが一貫しているとビジネスが上手くいく。
 
 

だから、無理して人を好きになる必要はないし、
人から好かれる必要もない。 
 
 

ただ、自分らしく、あるがままにいればいいだけだ。 
 
 

自分のギフトに合う人は集まってくるし、合わない人は去っていく。 



私の場合100人いれば20人には好かれ、
20人には蛇蝎(だかつ)のごとく嫌われる(笑)
 
 

それでいいのである。 
 
 

ある人が私のトレーニングに参加した。 
この人は過去1000万円以上、セミナーにつぎ込んだことがあるという。
どんなに高額のセミナーも本当に成功するのは上位4%の人だけらしい。 
 
 

彼が言った。 
 
 

「佐藤さんのところには、その4%の人が来ている。驚きました。」 
どおりで私のトレーニングに来ている人は、簡単に結果を出すはずだ。 
 
 

でも、なぜ4%の人が来るのか? 
それは私が無意識に好き嫌いで人を選択していたからだと気づいた。 
 
 

白状すれば、私はグズは嫌いである。 
頭の凝り固まった人間も、感性の鈍い人間も嫌いだ。 
 
 

行動力がない人間、決断が遅い人間、 
約束や時間を守れない人間も嫌いである。 
 
 

社会貢献の意志がなく、自分のことばかり考えている人間も嫌いだし、 
何かにすがって生きている人間も嫌いだ。 
 
 

それが相手に伝わっていたのだ。 
 
 

結果、リーダーシップを持った、結果をつくれる人間だけが残ったわけだ。 
 
 

これでいいのである。 
 
 

勘違いしないで欲しいが、そのような人間を否定している訳ではない。
 
 

そのような人間も愛している。ただ嫌いなだけである。
愛と好き嫌いは同じではない。これは高度な分別だと思う。 
 
 

人を嫌ってはいけない、好きならねばならないと無理をしていると、
結局、愛をなくしてしまう。 
 
 

「おまえのことなんて大嫌いだ。顔を見るのもいやだ!」
 
 

と、もし言うことができるとしたら、そこから相手の良いところも見えてきて、愛が生まれることだってある。 
 
 

嫌いな人とだって、普通に仕事をすることができる。
なぜなら、好き嫌いは私の中の問題で、その人には関係がないからだ。 
 
 

好き嫌いをハッキリさせてもいい。
無理に人を好きになるよう、頑張らなくともいいと私は思うだが、いかが?

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