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2014年7月26日 (土)

十七条憲法





日本文化の枠組みはここから生まれたと思う。
偽作説などあるが今の日本人、日本文化にピッタリと当てはまる(気がする)。
神道、仏教、道教、儒教の影響があるようだ。
第二条に三宝(仏教)を敬え、第三条に天皇の詔に謹んで従えとあるが、それは第一条の「和」のためであろう。和を何よりも大切なものにせよと、最優先課題にしている。神仏よりも「和」が優先されているのだ。
日本には「日本教」なるものがあって、この十七条憲法がその聖書ではなかろうか?
この「和」という神がいる限り、他を否定する宗教、哲学は日本に入って来るのは難しそうだ。

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十七条憲法現代語訳

第一条(和)
一にいう。和をなによりも大切なものとし、いさかいをおこさぬことを根本としなさい。人はグループをつくりたがり、悟りきった人格者は少ない。それだから、君主や父親のいうことにしたがわなかったり、近隣の人たちともうまくいかない。しかし上の者も下の者も協調・親睦(しんぼく)の気持ちをもって論議するなら、おのずからものごとの道理にかない、どんなことも成就(じょうじゅ)するものだ。

第二条(三宝)
二にいう。あつく三宝(仏教)を信奉しなさい。3つの宝とは仏・法理・僧侶のことである。それは生命(いのち)ある者の最後のよりどころであり、すべての国の究極の規範である。どんな世の中でも、いかなる人でも、この法理をとうとばないことがあろうか。人ではなはだしくわるい者は少ない。よく教えるならば正道にしたがうものだ。ただ、それには仏の教えに依拠しなければ、何によってまがった心をただせるだろうか。

第三条(天皇)
三にいう。王(天皇)の命令をうけたならば、かならず謹んでそれにしたがいなさい。君主はいわば天であり、臣下は地にあたる。天が地をおおい、地が天をのせている。かくして四季がただしくめぐりゆき、万物の気がかよう。それが逆に地が天をおおうとすれば、こうしたととのった秩序は破壊されてしまう。そういうわけで、君主がいうことに臣下はしたがえ。上の者がおこなうところ、下の者はそれにならうものだ。ゆえに王(天皇)の命令をうけたならば、かならず謹んでそれにしたがえ。謹んでしたがわなければ、やがて国家社会の和は自滅してゆくことだろう。

第四条(礼)
四にいう。政府高官や一般官吏たちは、礼の精神を根本にもちなさい。人民をおさめる基本は、かならず礼にある。上が礼法にかなっていないときは下の秩序はみだれ、下の者が礼法にかなわなければ、かならず罪をおかす者が出てくる。それだから、群臣たちに礼法がたもたれているときは社会の秩序もみだれず、庶民たちに礼があれば国全体として自然におさまるものだ。

第五条(賄賂)
五にいう。官吏たちは饗応や財物への欲望をすて、訴訟を厳正に審査しなさい。庶民の訴えは、1日に1000件もある。1日でもそうなら、年を重ねたらどうなろうか。このごろの訴訟にたずさわる者たちは、賄賂(わいろ)をえることが常識となり、賄賂(わいろ)をみてからその申し立てを聞いている。すなわち裕福な者の訴えは石を水中になげこむようにたやすくうけいれられるのに、貧乏な者の訴えは水を石になげこむようなもので容易に聞きいれてもらえない。このため貧乏な者たちはどうしたらよいかわからずにいる。そうしたことは官吏としての道にそむくことである。

第六条(善行)
六にいう。悪をこらしめて善をすすめるのは、古くからのよいしきたりである。そこで人の善行はかくすことなく、悪行をみたらかならずただしなさい。へつらいあざむく者は、国家をくつがえす効果ある武器であり、人民をほろぼすするどい剣である。またこびへつらう者は、上にはこのんで下の者の過失をいいつけ、下にむかうと上の者の過失を誹謗(ひぼう)するものだ。これらの人たちは君主に忠義心がなく、人民に対する仁徳ももっていない。これは国家の大きな乱れのもととなる。

第七条(任務)
七にいう。人にはそれぞれの任務がある。それにあたっては職務内容を忠実に履行し、権限を乱用してはならない。賢明な人物が任にあるときはほめる声がおこる。よこしまな者がその任につけば、災いや戦乱が充満する。世の中には、生まれながらにすべてを知りつくしている人はまれで、よくよく心がけて聖人になっていくものだ。事柄の大小にかかわらず、適任の人を得られればかならずおさまる。時代の動きの緩急に関係なく、賢者が出れば豊かにのびやかな世の中になる。これによって国家は長く命脈をたもち、あやうくならない。だから、いにしえの聖王は官職に適した人をもとめるが、人のために官職をもうけたりはしなかった。

第八条(出退勤)
八にいう。官吏たちは、早くから出仕し、夕方おそくなってから退出しなさい。公務はうかうかできないものだ。一日じゅうかけてもすべて終えてしまうことがむずかしい。したがって、おそく出仕したのでは緊急の用に間にあわないし、はやく退出したのではかならず仕事をしのこしてしまう。

第九条(真心)
九にいう。真心は人の道の根本である。何事にも真心がなければいけない。事の善し悪しや成否は、すべて真心のあるなしにかかっている。官吏たちに真心があるならば、何事も達成できるだろう。群臣に真心がないなら、どんなこともみな失敗するだろう。

第十条(憤り)
十にいう。心の中の憤りをなくし、憤りを表情にださぬようにし、ほかの人が自分とことなったことをしても怒ってはならない。人それぞれに考えがあり、それぞれに自分がこれだと思うことがある。相手がこれこそといっても自分はよくないと思うし、自分がこれこそと思っても相手はよくないとする。自分はかならず聖人で、相手がかならず愚かだというわけではない。皆ともに凡人なのだ。そもそもこれがよいとかよくないとか、だれがさだめうるのだろう。おたがいだれも賢くもあり愚かでもある。それは耳輪には端がないようなものだ。こういうわけで、相手がいきどおっていたら、むしろ自分に間違いがあるのではないかとおそれなさい。自分ではこれだと思っても、みんなの意見にしたがって行動しなさい。

第十一条(賞罰)
十一にいう。官吏たちの功績・過失をよくみて、それにみあう賞罰をかならずおこないなさい。近頃の褒賞はかならずしも功績によらず、懲罰は罪によらない。指導的な立場で政務にあたっている官吏たちは、賞罰を適正かつ明確におこなうべきである。

第十二条(徴税)
十二にいう。国司・国造は勝手に人民から税をとってはならない。国に2人の君主はなく、人民にとって2人の主人などいない。国内のすべての人民にとって、王(天皇)だけが主人である。役所の官吏は任命されて政務にあたっているのであって、みな王の臣下である。どうして公的な徴税といっしょに、人民から私的な徴税をしてよいものか。

第十三条(職掌)
十三にいう。いろいろな官職に任じられた者たちは、前任者と同じように職掌を熟知するようにしなさい。病気や出張などで職務にいない場合もあろう。しかし政務をとれるときにはなじんで、前々より熟知していたかのようにしなさい。前のことなどは自分は知らないといって、公務を停滞させてはならない。

第十四条(嫉妬)
十四にいう。官吏たちは、嫉妬の気持ちをもってはならない。自分がまず相手を嫉妬すれば、相手もまた自分を嫉妬する。嫉妬の憂いははてしない。それゆえに、自分より英知がすぐれている人がいるとよろこばず、才能がまさっていると思えば嫉妬する。それでは500年たっても賢者にあうことはできず、1000年の間に1人の聖人の出現を期待することすら困難である。聖人・賢者といわれるすぐれた人材がなくては国をおさめることはできない。

第十五条(私心)
十五にいう。私心をすてて公務にむかうのは、臣たるものの道である。およそ人に私心があるとき、恨みの心がおきる。恨みがあれば、かならず不和が生じる。不和になれば私心で公務をとることとなり、結果としては公務の妨げをなす。恨みの心がおこってくれば、制度や法律をやぶる人も出てくる。第一条で「上の者も下の者も協調・親睦の気持ちをもって論議しなさい」といっているのは、こういう心情からである。

第十六条(使役)
十六にいう。人民を使役するにはその時期をよく考えてする、とは昔の人のよい教えである。だから冬(旧暦の10月~12月)に暇があるときに、人民を動員すればよい。春から秋までは、農耕・養蚕などに力をつくすべきときである。人民を使役してはいけない。人民が農耕をしなければ何を食べていけばよいのか。養蚕がなされなければ、何を着たらよいというのか。

第十七条(論議)
十七にいう。ものごとはひとりで判断してはいけない。かならずみんなで論議して判断しなさい。ささいなことは、かならずしもみんなで論議しなくてもよい。ただ重大な事柄を論議するときは、判断をあやまることもあるかもしれない。そのときみんなで検討すれば、道理にかなう結論がえられよう。

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金治勇 『聖徳太子のこころ』 大蔵出版より



2014年6月 2日 (月)

気づいたら10年目

2013年の1月に意味不明の記事を最後に途切れていた。

当ブログは2004年の6月23日が初記事なので今年で丁度10年目だ。

10年前、まだ40歳の自分である。
ある意味四十代の私がサボりサボりだが書き込まれている訳だ。

すごいことだなと感心する。

また少しづつ記事を書いていこうと思う。

2010年6月30日 (水)

お受験

 午前中、女房と一緒に横浜の幼稚園から高校までの一貫教育校の入学説明会に行く。私が教育を受けなおすのではなく、今度小学校に上がる息子のためだ。

 小学校4年生から進学教室に無理やり通わされ、テレビで『ドラえもん』を見れなかった悔しさが残る私としては、この「お受験」に関してはなはだ否定的である。また、嫌悪感を覚える行事でもある。(まったく私的な怨恨によるのだが。)

 驚くじゃあ~りませんか!お母さん方、みんな同じ格好をしているんだよ。みんな喪服のような地味~なスーツを着てゾロゾロと歩いている。まるで制服のよう。何もそんな格好で来てくれというリクエストはないのだが、自主的にそんな風なのだ。女房のお達しで私もネクタイをしていく。仕事でもしないのだが。

 こんな中、この親たち(ま、私も含めて)教育に何を求めているんだろうか?子供に何を求めているんだろうか?ちょっと面白い経験だったので…。

2009年7月 5日 (日)

義母54歳

 先日、先輩のO倉さんと飲んでいた。近頃何か面白いことはないですかと尋ねたところ、ないこともないがと次のようなことを話し出した。

 彼の母親は3年前に亡くなった。もう80を越えていた。最近残された年下の夫(つまりは彼の父)が急に再婚すると通達してきたのだ。お父上なんと81歳。元フラン料理のシェフ。かの鉄人坂井の先輩でもある。

 突然母親ができたO倉さん。結婚相手は彼よりひとつ年下。しかも自分の娘より年下の妹が二人もできた。めでたし、めでたし。

 こんなことが十台の多感なころに起これば周りもそれなりに気を使うのだろうが、もう年も年、周りも好き放題からかった。

 「やっぱりお父さんはO倉さんにお母さんが必要だと思ったんじゃない?」

 「あんな人お母さんじゃないやい、なんてグレちゃだめだよ。」

 「義母との仲に何か起きてからじゃ遅いよね。」

 でも本人にしたら中々複雑な問題らしい。五十台半ばで突然母と妹ができた男の心境は外からでは察しづらい。

O

(何やら哀愁漂うO倉さん)

 でもこの話を聞いて希望が持てた。80台からまた新しい人生がある。何とも素晴しい話じゃないか。もう年だからと諦める必要はない。人生はいつまでもその瞬間が新しい。

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2009年5月28日 (木)

Sランチ

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2009年5月27日 (水)

春日部

 久しぶりに春日部へ。春日部と言えば『クレヨンしんちゃん』の縄張りである。次期研修の打ち合わせ。昼間から始めて5時をすぎたあたりで飲みに。そしてまた更に飲みに。あぁ、面白かった。なんだかんだいって人と交わることは楽しいことである。

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2009年5月21日 (木)

草を食む男たち

昨晩は昔営業研修でお世話になった企業の人達と飲んだ。

懐かしい顔ぶれだが、全然昔と変わらないのがうれしい。

今は営業マネージャーに昇格したNさんの話。

近頃の新人は完全な草食系だとのこと。

どこら辺が草食系かというと、まず昼間カツどんをガッツリというよりも、

「あいつらコンビニでパスタを買ってくるですよ。しかもサンドイッチと一緒に!」

それが許せないらしい。

しかも、飲みに行くといきなり、

「なんだか青だとか黄色だとかカラフルなやつで乾杯ですよ。」

とのこと。

しかも寮で新人同士が集まって仕事の話になると、

「仕事の話はやめようぜぇ~。」となるらしい。

何かを指示するときっちりこなして、さぼりもしないが、

しかしそれ以上のこともしないらしい。

なんでだろう?

突然日本男児の遺伝子に何かが起きたのだろうか?

まさかそんなことはあるまい。

今も昔も本質的には変わらないだろう。

私は肉食である。

昔は獣とかケダモノとか、時には獣より劣ると言われたことがある。

しかしよる年波には勝てず、肉より魚、魚より野菜というふうに

少しずつ好みが変化してきていることも確かだ。

しかし今の若者には言いたい。

とりあえず、肉を食え!

そして乾杯の時にはまずビールだ。

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2009年5月 4日 (月)

豚インフルエンザ

名前を変えたらしいね。

新型?A型?

でもやっぱり豚の方がインパクトがある。

怖い。

恐竜も病気で全滅したとする説があるが、

人類もこれで最後を迎えるのか?

しかも豚から・・・。

無念である。

いや、鳥ならいいという話ではないが。

東京で大流行の兆しが見えたなら、

我が家は外界との接触を一切遮断、

備蓄で3ヶ月ほど過ごそうと計画している。

その前に、昨夜は久しぶりに家族三人で外食。

品川港南口のビルのイタリアンへ。

たらふく食べて、飲んで1万ちょっと。

女房にごちになった。

レシートをもらわず領収証にしたので詳細はわからないが、

どう見積もっても安すぎる。

神様からのボーナスだと納得して帰る。

ま、どんな死に方をしようが、私の人生は幸せだったといえる。

過去、現在、そして未来も。

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2009年4月29日 (水)

アンナミラーズ

今日打ち合わせで品川のアンナミラーズに行きました。

久しぶりでした。

いや~、すごいです。

あの制服はインパクトがあります。

ただ着る人を選ぶのではないかと。

40代後半の方にはちょっときついのではないかと。

中には無理やりあの服に詰め込んで

パンパンの方もいらっしゃいましたが、

あれはあれでグッと来る客もいるのでしょう。

かなり気が散るので相当の集中力が必要です。

人生どこででも修行ができることを知ったと同時に、

いかに自分が未熟なのかも知りました。

 以上 ノ(´д`)

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2009年4月22日 (水)

いざ進め!

昨晩、書斎にて爆睡。

ずーと一晩中、頭の中に『ケロッ!とマーチ』が・・・。

『ケロロ軍曹』のあれである。

しかも出だしの部分しか知らないので、

そこばかりがエンドレスで・・・。

♪ケロッ!ケロッ!ケロッ!いざ進め~地球侵略せよ

 ケッケロッケロッ~傘持って出かけた日にはいつも晴れ♪

(※以下1000回繰り返し)

朝起きてその後の歌詞が気になって検索。

あれをつくった人(もりちよこさん)は天才だなぁ。

世界中の人が毎朝あれを口ずさんだら、

この世から戦争がなくなりそうである。

しかしなぜ四十路半ばの私の頭にあの曲が・・・?。

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